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■ 第26話  日本は「ベスト・カントリー」だ!

1980年4月26日、印パ国境を越え、パキスタン入国。



パキスタンのバスは、外側も内側も激しく飾り立てていて目茶派手!

この派手さは、日本の長距離トラックなんか目じゃない。

イスラム教では偶像崇拝が禁じられているから、ヒンズー教であるインドのバスのように「神様の絵」が飾られるなんてことなないが、

抽象模様の飾りでびっしりと、これでもか! これでもか! というほどに覆い尽くされている。まるで神棚の中にいるようだ。

多いのは飾りだけではない。
バスの中には気持ち悪いほどたくさんの蝿がわんわん飛んでいた。(-_-;)


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国境からラホールの街に近づくにつれて車内は混んできた。

この国のバスは、前の方の席は女性専用、後ろの方の席は男性専用になっているようだ。いかにもイスラムの国。


前の方の席に、黒いチャドル(女性が頭から体全体を覆う布)をかぶったモスリム(イスラム教徒)娘と、白いサリーのヒンズー娘が乗ってきた。
二人とも本を抱えていて学生らしい。

しきりに私の方をチラチラと見ては二人でなにか噂している。

西洋人ではない外国人は珍しいのだろうか。興味を隠せない様子だ。

ついにたまらず、後ろを振り向いて

「ヘイ! ユーはどこから来たの?」

「デリーからだ。」

「どこの国の人? 中国人? 日本人?」

「日本人」

「おぉー!」

なにやら二人ではしゃいでいる。日本人を見るのがそんなに嬉しいか?


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ラホールに着いた。

緑の街路樹が茂る道を、カタカタと音をたてて行き交う馬車は、ラホールの風景の象徴だ。
この街にはやたらと馬車が多い。一度、馬車に轢かれそうになった。


この街の名所でもある大きなイスラム寺院、バドシャヒ・モスクに行って見た。

戒律の厳しいイスラム教の寺院ともなれば、中では凛とした緊張感に包まれているのだろうと思いきや、あちこちで昼寝をしている人もいて、なんとなくのんびりとした、いや、リラックスしたムードが漂っている。

ちょっと拍子抜けした。


バドシャヒ・モスク


ラホールを行きかう馬車たち




街中のバザールの雑踏を歩いていたら、横に小さなモスクを見つけた。

バドシャヒ・モスクは大きくてきれいなものだったが、こちらは「町の公民館」
的なこじんまりしたモスクだ。

手近にいた男に聞いた。

「このモスクは何という名前ですか?」

「このモスクの名前? ワジールハン・モスクさ。 ところでお前はどこから来たんだい。」

「日本さ」

「日本? 日本はベリーグッドカントリーだ。お前の名前は何だ?」

「Seigo」

彼は私の手を握ってぐいぐい引っ張っていった。

私はただモスクの名前を聞いただけなのに、彼はモスクの入り口へ私を案内してくれたのだ。

「異教徒」である私でも、中へ入ることが出来る。

モスクの中では、子供達が先生を中心に座りこみ、コーランの朗読をしている最中だった。

その様子を見て私は「寺子屋」というイメージが閃いた。


モスクという宗教建築は、もちろん聖なる祈りの場ではあるけれど、「お勉強」の場であったり、誰でもいつでも入ってごろ寝できたりする憩いの場でもあるらしい・・・

厳しい環境に生きている人々が、アラーに向って心を開くことができる、なかなか智恵のある場所なのじゃないかな。


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同じ「寺院」でも、日本のお寺はパキスタンのモスクに比べるとはるかに事務的、拝金主義的だ。

第一、普段用も無いのに寺に行こうなどという気にはならないし、もし行けば「何の御用ですか?」なんて聞かれそうだし・・。

そういえば災害が起きたときでも、日本のお寺たちは何もしない。

法事のときでさえ、有り難い話をしてくれるわけでもない。

その代わり、しっかりお布施だけは取られるけど(-_-;)


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さほど大きくもないモスクの中を一回りして、子供達がいた場所に戻ってきたら、背後から私を呼ぶ子供の声がした。

ん? 気のせいかな?
子供達が私の名前を知っているはずがない。

ところが再び声がした。 「Seigo!」

今度は本当だ。

「Seigo!」「Seigo!」・・・

子供達が次々に私の名前を呼ぶ!

いったい何故?

ん、あの男かも・・・

私をモスクの入り口へ連れてきた男が、子供達に私の名前を教えたとしか考えられない。

子供達の、私の名前コールの連呼・・

黙ってそこに立っているとエスカレートしてきて、何か芸でも見せないとまずいような雰囲気(^_^;

気恥ずかしい思いで、子供達から逃げるようにモスクを出た。


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バザールの中にある食堂に入って座ったら、2つほど離れたテーブルにいたおっさんが手招きする。

彼のテーブルに座ったら、例によって「どこから来た?」「何処へ行く?」

私が飯を食う様子を、彼はニコニコしながらずっと眺めていただけでなく、ここの飯代はこのおっさんが全部払ってくれた。



パキスタン人はとても親日的だ。

よく、トルコ人が親日的だといわれるが、パキスタン人の方が上だ。




ボールペンを道端で売っているおやじが、ジャパンはベスト・カントリーだと言って話しかけてきたり、

頼みもしないのに郵便局まで案内してくれて封筒を買わせては「ジャパン」を誉めたたえ、手紙を書いてくれと言った50歳くらいのおっさん・・・

道を歩いていたら突然「What your name?」からはじまり、なんだかんだと勝手に話し続けて
「I like Japan very much!!」といって別れた男。

私の顔を見た瞬間に突然歓声をあげたかと思うと、そのまま歌いだす若者。

すれ違いざま「Honda(日本のバイク「ホンダ」) very good!」と声をかける者等々・・


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日本が大好きで、日本に憧れていることを体全体で表現したくてしょうがない・・・という感じなのだ。

   なぜ彼らは日本が好きなのだろう?

彼らの話を要約すると、

 ● 日本はアジアの中で唯一、西洋と戦った勇気ある強い国だ。
 ● ホンダのバイク、トヨタの車・・・日本製品は素晴らしい。
 ● 日本は戦争には負けたが、経済でとても強い国になった。俺たちも日本のようになりたい。

  ・・・ということになる。






そ、そうかな・・・

そんなに素晴らしい国なのか、日本は?

ちょっと誤解してんじゃないか?

・・・でも悪い気はしなかった。


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第2話  入国拒否 第17話  カルカッタにて 第32話  イランの印象(1)
第3話  強盗だー! 第18話  ヒマラヤの旅(1) 第33話  イランの印象(2)
第4話  TOMODATI! 第19話  ヒマラヤの旅(2) 第34話  イランの印象(3)
第5話  聖地の大晦日 第20話  ヒマラヤの旅(3) 第35話  中東にはホモが多い?
第6話  泥棒もひとつの「職業」! 第21話  ヒマラヤの旅(4) 第36話 「小アジア」の風景
第7話  船旅 第22話  ついに発病か? 第37話 イスタンブール到着
第8話  ヒッピーの聖地(海岸の小屋) 第23話  ポカラの公立病院 第38話 国民総商売人
第9話  ヒッピーの聖地(パーティー) 第24話  旅先で発病した人たち 第39話 銃撃事件
第10話  ヒッピーの聖地(LSD)   第25話  酷暑 第40話 旅の終わり
第11話  ヒッピーの聖地(朝の光と波の音は・・) 第26話  日本は「ベスト・カントリー」だ! 最終話 帰路・あとがき
第12話  インド人は親切だ? 第27話  目には目を?
第13話  田舎を行く列車の旅 第28話  沙漠の国
第14話  変わり始めた片田舎の町 第29話  「異邦人」の町
第15話  皆既日食を見た! 第30話  沙漠に沈む夕陽